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snöflinga 未来日記

現在と一寸先を望むままに描きます。

デトックスと瞬間移動(役立たずの妄想)

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連休中は、引きこもりながらも、以下の感じで楽しむことができました。

ブログ閲覧 

記事を読んだり、素敵な写真を鑑賞して、

その瞬間、部屋にいながら別世界に赴くことができます。

 

長風呂 

好きなアロマオイルにハッカ油をプラスすることで

 暑さを少しでも和らげます。

長風呂をした後は、以下の妄想会話です。

 

私)「長風呂で、たくさんデトックスできたかも。」

  「あ、でも体のほとんどが老廃物だったら、消えてしまうのかな。」

 

相方)「まあ、ある意味、新陳代謝したらそういうことかもね。」

 

私)「それなら今いる場所で老廃物が消えて、

   遠く離れた場所で、新しく細胞などが生まれることができたら、

   ワープすることができるかも?」

私)  「世紀の大発見!」

  「世紀の大発見!」(繰り返し)

相方)「(黙)・(黙)・・。」

 

どうやら、妄想でもワープは失敗です。

そもそも、体の中の全てが一斉に代謝したらと言う前提なので

新陳代謝をしないものは、しばらくその場に残り続けるのかもしれません。

それはホラーになってしまうので、ツメが甘い内容で終わりました。

 

それでも、頭の中は、どこにでも出かけてしまうことができます。

   

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海の日を前に 海辺の遠足の記憶

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幼稚園の時の海辺の遠足の思い出です。

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幼稚園のある夏、海へ遠足に行きました。

当日は、それなりに楽しんで遠足を終えました。

 

後日教室で、先生がこのように言います。

 

「海辺の遠足での様子を絵に描いてみましょう。」

 

「水着を着て水泳帽を被って海で泳いだ様子や、

みんなで楽しんだ様子を描きましょう。」

 

私は心の中でこう思います。

「何を描こうかな。・・・水着と水泳帽・・・そうかこれだ!。」

私は画用紙いっぱいに、遠足の時に被っていた。花柄の水泳帽を描きます。

 

数日後、生徒みんなが描いた海の遠足の絵が教室の壁に貼られ

参観日に、親たちは、その貼られた絵を目にします。

 

教室の壁一面に貼られた絵は、

 

海で友達と楽しそうに遊ぶ様子が描かれた作品がたくさん 並びます。 

 

その中で私の絵は登場人物が一切ない、花柄水泳帽の絵でした。

 

日頃から、友達はできても

人の輪に入るのが苦手な様子を先生から聞いていた親は

その絵を見た後、私へ以下のような感じのこと言いました。

「母さんがっかりだ。」

 

その時私は大きな感情は沸き上りませんでしたが、

「がっかりさせてしまった。」

「親に恥ずかしい思いをさせてしまった。」と思いました。

 

日頃から、弁当残したり(好き嫌いはないけどいつも食べきれない)心配させてるし

これ以上がっかりさせてはいけないな、と子供ながらに思います。

 

おそらくこの辺りから、良いのか悪いのか、

周囲を気にして行動することを覚えて行ったのかも

しれません。

 

遠足過去記事

snoflinga.hatenablog.com

 

  

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新しい道を探る夢

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寝ている時にみる私の夢は、大抵覚えているものは断片的で、おぼろげです。

おぼろげな夢は、時間の経過とともに、さらにうっすらとしていくのですが、

数日経過しても印象が残った夢だったので、以下記しておきます。

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ある建物の中をさまよっている中、休憩時間になったので

エレベータに乗って地下を目指して降りていきます。

 

エレベータが止まったので、慌てて降りると

そこは地下ではなく、地上でした。

 

目の前には大きな古い校舎そびえ立っていました。

 

夢の中の自分は、なぜか旧校舎と新校舎が一体であることを知っていて

このようにつぶやきます。

「旧校舎に来たのか。新校舎への道はあの通路を通るといけたはず。」

 

(この後の記憶なし)

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 分析をうまくすることはできませんが、

続きを脚色してみます。

 

古い習慣、経験を経て、新しい世界への道筋を歩んでいきます。

夢の中の自分は、新しい世界への行き方を確かに知っています。

 

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伝え聞いた昔話(銀行破綻)

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伝え聞いた昔話の備忘録です。

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  • 年代 97年頃
  • 場所 地方のある企業 
  • 登場人物

  A部長

  若手社員

  • T銀行
  • H銀行

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ある地方の企業がメインバンクとしていたT銀行が経営破綻しました。

その銀行は、その地域唯一の都市銀行でした。

破綻のニュースは、その地域で号外が出るほど大きな出来事でした。

 

破綻のニュースが駆け巡る中、若手社員は、ただ漫然と、このように思います。

「一体どうなるんだろう?」

 

そんな中、A部長は、若手社員にこのように言います。

「我々がT銀行と取引しているものは、基本的に地方銀行のH銀行に全て移管される。

契約の手続きの書類が届いている。取引していた本店コードは、移管先の支店コードに変わる。他の支店も同様だ。」

続けてこのように言います。 

「そこで若手社員君、振込データを作成するのに、支店コードを変換する必要がある。

この※フロッピーで読み替えをするように銀行から通知が来ているので、確認して処理するように。」

 

若手社員は、そのフロッピーを受け取り、作業をしながら、このように思います。

「銀行なくなるって、こういうことなんだろうか?」

「なんか、騒がれている感じに比べて、ギャップを感じる。」

 

あまりにも騒がれている状態とギャップのある淡々とした状況の中、実際に起きていることに、実感を持つことができずにいました。

 

そのため、若手社員は、漫然とこのように思います。

「でも、もっと深刻なことになっている所もあるかもしれない。

あまり能天気な振る舞いはしてはいけないかも。」

 

その後、その地域の経済は以前より冷え込んだと言います。

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 お話によると、この若手社員の会社では、

比較的、深刻な影響を受けていなかったと思われます。

また、破綻した銀行も、限定した地域に影響は大きかったものの、

国内規模でいうと、あまり知られていないもので、影響は少ないものだったようです。

 

一つのニュースが流れるとき、スポットライトを浴びるのは、事件性のあるものや、

表現が悪いかもしれませんが、わかりやすく典型的なものかもしれません。

 

大きな出来事の中にも、ニュースにならない些細な昔話も、その出来事の一つの側面であると思い、書き留めておくことにします。 

 

 

※フロッピー

 

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もやもやの憂さ晴らし

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個人的な、もやもやの憂さ晴らしのため、短い妄想です。

 

たとえ、悲しみや怒りそのものが

簡単に癒えたり、小さくなることが難しくても

 

せめて、その原因となった対象を

小さなイメージの呼び名で扱うことで、

その対象が、どんどん小さくなってしまえばいい

 

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色と音と言葉

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もし、色彩が発するイメージに合わせて、音が流れ出てきたらどんな世界になるでしょう。

もし、発する言葉とともに、鮮明な色が映し出されていたら、どのような世界になっているでしょうか。

 

相変わらず、妄想ばかりしています。

 

私は、いわゆる共感覚の持ち主ではないため、このような妄想をするのでしょう。

 

もし、共感覚補助器のようなものが、この世界に存在しているのならば、試してみたいです。

その共感覚補助器は、その時に応じて、どの感覚を補うことができるかを選ぶことができ、自分好みにカスタマイズ可能だと自由度があっていいですね。

 

さらに妄想が広がります。

 

例えば、写真や絵画などを観た時に、その色彩のグラデーションに応じた音階が流れてきたり、音や色以外でも、電磁波か何かで、観る人に伝わることができたら素敵だなと思います。

 

けれども、ここで問題が出てきます。

 

そのイメージが、受け取り手にとって、ダメージを与える印象のものである場合、

ダイレクトに伝わってしまうと、危険なものとなってしまいます。

 

何か良い方法はないでしょうか。

 

もし叶うのであれば、その悲しいイメージは、深い色彩と音色の中に封じ込めることができますように。

 

 

snoflinga.hatenablog.com

 

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選びとること

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もし、人間に「リアル検索エンジン」がついていたら、どんな世界だろうかと妄想してみました。

 

眼前に現れる現象は、過去の情報収集履歴や、体験に応じたものが現れてくるのでしょうか。

もしかすると「あなたに今おすすめの」ものが、リアルに現れてくるのかもしれませんね。

 

けれども、自分の情報収集パターンがマンネリ化していると、「おすすめ」されるものも、はじめのうちはよくても、人によっては、飽きてくるかもしれません。

 

また、その人個人の情報収集能力や、行動力により、差がでてきそうです。

 

そのような状態で、もし、自分の知識や体験から、難しい内容の選択を求められたら

どのように判断するでしょうか。

 

情報収集しきれない中、選択や判断する期限が差し迫ったら

「自分にとっては難しすぎる問題なのでパス」

「とりあえずこっち」

といった選択をし、正面から向き合うことができないかもしれません。

 

パスしていくことも自由な選択肢の一つかとは思いますが、

このリアル検索エンジン搭載の世界では、パスし続けた履歴もきっと残るでしょう。

そのため、パスし続けた行動履歴により、しだいにその人には、「選択権」が与えられなくなってしまうかもしれません。

 

少数の人が、そんな現象に見舞われていった場合

その他大勢の人が、「日頃の研磨が足りないせいだ」

と少数の人を上からバッサリと切り捨ててしまう世の中になってしまうのでしょうか。

 

それとも、その少数と思っていた人が、もっと多数に膨れ上がらないように、それぞれの情報収集能力を提供しあう世の中になるのでしょうか。

 

普段は一般庶民の検索エンジン搭載の人も、時には専門家の検索エンジンが必要になったり、社会に出たての若いかたが、社会に精通した人の検索エンジンが必要になることもあるかもしれません。

そんな時によい形で共有し合えると、リアル検索エンジンも、より生き生きとしたものになっているような気がします。